ソニータイマーで楽しい会話を

 ソニータイマーという概念がある。商品の購入→使用→廃棄→使用のサイクルを速めるために、ソニーが自社製品を一定時間で壊れるように作っている(いわば時限爆弾を仕込んでる)のではないか、という話があって、ソニーを中傷するのによく使われる概念ですね。概念っていうか言いがかりっていうか都市伝説というか、ともかく根拠は弱いと思うんですが、そんな考え方が今なお生き長らえていることについてちょっと思いを巡らしてみる。
 なんでこんなこと言いだすのかというと、僕の使ってるソニー製のCDプレイヤーがそろそろ寿命なんじゃないか? ということがあって、ハッこれって巷に謂うソニータイマーでわないか、と思い浮かべたのがきっかけです。これ、買ったのは、えーと 2 年半くらい前でしょうか。まあ 2 年半も動いてりゃ十分かも知れないです。でもうちのスーパーファミコンはまだ動いてますし(買ったのは '90 年代前半)。いや、比較対象としてどうなの、という誹りからは逃げられないけど。
 google で「ソニータイマー」と入れると、間髪入れずに「ソニータイマー 都市伝説」という検索候補が提案される。これはソニータイマーって都市伝説だよね、という考えに基づいて検索をする人が多いと解釈され、このようにソニータイマーというやつは one of 都市伝説であるとの意識もまた根付いているのだと考えられますが、他方でこの「都市伝説」を聞かされると「言われてみれば、そうかも」と納得してしまう自分も依然として、いる。
 その理由としては、第一に“確証がもちづらい”というのがある。とりあえず個人で購入して一定期間使って「あ、そろそろだめかな」と思いながらぼんやり使い続けて完全にダメになったら捨てる、という消費スタイルのうちにある限り、ソニータイマーの存在を確定することはできない。一般に所有期間が長く集中して観察する機会がないうえ、比較対象を設けない(複数のプレイヤーを並行して使う人は少ない)ので違いに気付きにくいし、他社製品とあらためて比べてみるにはコストがやや高い。だからこれを信じる理由もないけど、かといって拒む理由もないので、思い当たるフシがあるとなんとなく自分の思考機制に組み入れてしまう。
 そこで、このような、なんとなく納得してしまうタイプの風説を検証し結果を公表する機関が作られてもいいのではないか……まあ要するに「白黒ハッキリしようぜ」と少し思ったが、このタイプの風説って信じようと信じまいとそんなに困るものでもない(言われなきゃ気付かないくらいのものだから)ので、検証しなければならぬという積極的な動機がもてない。それなら唯一この風説で困るソニー自身が自分で検証すればいいのかというと、ソニーソニータイマーを否定したと言ったところで信頼は弱いだろう(ソニーが怪しい会社だっていうのではなく、第三者による検証が必要だということ)。
 さきほど「これを信じる理由もないけど、かといって拒む理由もない」ので信じてしまう、と書いたが、では条件は同じなのになぜ信じる方を選んでしまうのか。たぶん、「あると面白いから」くらいのものなのだと思う。ソニータイマー概念を使ってソニーを中傷して遊んだり、「俺のPSPはウン箇月で壊れた」と話のタネにしたり。もちろんソニーにとってはいい迷惑なのだが、ソニーは生身の人間じゃないのでそれの悪口を言ったところであまり心も痛まない。それに、みんな冗談交じりだってことはなんとなく踏まえているし。
 血液型とか S/M の分類もそうですが、「言われてみればそうかも」な話はきちんと検証されていない(というかきちんとした検証があってもそれを読む人は少ない)し、仮に「根拠がない」と言われたとしてもその存在までが否定されたことにはならない。 A と仮定しても B と仮定してもなんとなく納得してしまえるし、その結果によってわざわざ傷ついてしまう人は少ない。そんなわけでこういった風説には真偽という価値から距離をおけるという利点があって、つまりそれが正しいかどうかあまり気にせず使えるという手軽さがあって、だから生き残ってるのかなーと思う。
 まあ概して人びとは事の真偽にはあまり関心がないと……。むしろ、真偽にこだわらずなんとなく話に組み込んでしまえるこういった話題のほうが好まれるのかもしれません。いや、まあ、そればかりでもないとは思うけれども。